レイセフォーは現在何をしているの?K-1を支えたレジェンド!

プロフィール

名前 レイセフォー
生年月日 1971年2月15日
身長 183㎝
体重 110㎏
階級 スーパーヘビー級
出身地 オークランド
バックボーン キックボクシング

今回はK-1ヘビー級で10年以上に渡りトップファイターとして活躍した南海の黒豹レイ・セフォーについて紹介していきます!

セフォーといえば魅せる選手として有名でノーガード戦法でファンを魅了したり得意のブーメランフックで数々の選手をKOしてきましたね!そんなレイ・セフォーの生い立ちや成績、現在の活動などを見ていきましょう。

生い立ち

セフォーは小さなころから格闘技をしていたようでブルースリーの映画を見たことがきっかけで幼い頃は自分の家に仲が良かった中国人の友人にカンフーを教えてもらい家の壁を蹴りで穴を開けたりしていたとセフォーの母親がK-1の取材で話していました(笑)

セフォーは元々足技が得意な選手でカンフーや中国拳法、空手などの経験があり本格的に始めた格闘技がキックボクシングでもありK-1参戦当初は七色の蹴り技などと紹介されるほどでした!

アメリカ出身の英雄ボクサーシュガーレイレナードにあこがれていたこともあり自らをシュガーフットと呼んでいた時期もあったようです。

16歳からはボクシングを始め18歳の時にはすでにプロボクサーとして試合をしていたようですが1996年にK-1の舞台に本格的に参戦します。

K-1参戦

こちらはK-1デビュー時のセフォーですがかなり細い印象がありますね!1996年のこの頃は体重95㎏とまだ身体がしっかりと出来上がっていない印象を受けます。しかもいきなりアーネストホーストが相手とローキックに苦戦をしてキックボクシング初の敗北をします。

バンナを一発KOし注目を浴びる

1997年K-1二年目でジェロムレバンナと試合をしてブーメランフックでバンナを一撃で失神KOしセフォーは大きく注目されるようになります!

こちらは当時の映像です!

バンナはこのセフォーのパンチで以降顎が打たれ弱くなったと噂される程の衝撃的な負け方をしてしまいましたね。

そんなバンナの紹介記事はこちらです!

ジェロム・レ・バンナの現在。実は右利きで映画出演も!

ノーガード初披露

1998年当時K-1のリングで一撃神話を繰り返していた極真の怪物フランシスコ・フィリオとの試合でセフォーは初めてノーガード戦法を披露します!

この試合はドローで終わってしまいますがこの試合をきっかけにセフォーはノーガードを度々するようになります。

このノーガード戦法にはいろいろな意見があり「苦し紛れに行っている」という意見や「相手を挑発して隙を作らせるため」や「余裕があるからファンを喜ばせるためのパフォーマンス」などたくさんの声がありましたね!(笑)

セフォー本人はこのことについて取材で「はっきりとは言えないけどやってしまうんだ」と話しており明確にはしていませんが僕はセフォーの試合は全て見ていますがノーガードに入る一番多かった傾向は相手に良い攻撃をもらったら笑顔でノーガードをすることが多く感じました。

特に2002年のマイクベルナルドとの試合ではノーガードでパンチを打たせたとこに潜り込んでカウンターのアッパーでダウンを奪ったテクニックはノーガード戦法は只の挑発だけではないんだという認識させられる試合となりました!

2000年急遽出場から決勝進出


2000年この年セフォーは本格的な肉体改造で8㎏の増量で103㎏にまで体重を増やしながらスピードを落とさずパワーアップに成功し12月の決勝トーナメントがかかった試合ではシリルアビディとの2000年最高の試合と言われる程の試合を演じますが鼓膜が破れ決勝トーナメントには進むことができませんでした。

しかし決勝メンバーのマイクベルナルドが怪我で出場ができなくなり代わりにセフォーが出場することになります。しっかりと調整ができていない中で一回戦の相手武蔵を1RKOし二回戦では因縁の相手アビディも1RKOで遂に決勝進出します!

しかしホーストのローキックに苦戦し判定負けでGP優勝を逃してしまいました。

体重の増量で蹴りをほとんど使わなくなったセフォーは完全にパンチ主体の選手になりほとんどの選手はパンチの勝負を避けてローキックを多用するようになり「セフォーはローが苦手」とファンからいわれるようになります。

なかなかパンチと蹴り両方で高いレベルにもっていくのは難しいのでセフォーはK-1で上に登るためにパンチを向上させることを選んだのでしょう!

マークハントとのノーガード対決!

2001年この年K-1GPを制したサモアの怪人マークハントと試合を行いK-1史上最高の試合という人も多い伝説の試合をセフォーは制します。

K-1GP決勝トーナメントをかけた試合でセフォーとハントは初対戦し1R開始からお互いに激しくパンチの打ち合いをし2R目で互いにノーガードになり顔面でパンチを受けあうとんでもない試合をやってのけます!

思わずジェロムレバンナが立ち上がって拍手をしたり解説の石井館長は「歯が吹っ飛びましたよ!」と過激なコメントが出る程でした(笑)

そんなハントの紹介はこちらです!

マークハントの現在やK-1,UFCでの活躍、パンチドランカー!?

試合はセフォーがハントに勝利しましたが怪我でストップがかかり代わりにハントが出場し優勝。その勢いのままK-1GPまで優勝したハントはこの年K-1の顔になりました。

セフォーはこのハントの優勝に対し「彼が優勝したことを心から祝いたい。でも自分が出ていたらと考えると悔しさもある」と話していました。

初代スーパーヘビー級王者決定戦


2007年K-1初代スーパーヘビー級王者決定戦で王者セームシュルトの対戦相手としてセフォーが選ばれます。

この選出された理由はトーナメントでは優勝経験がないけど優勝する実力がある選手の中でセフォーとバンナのどちらかということで当時主催の谷川氏がセフォーを選んだようです。

このときのセフォーは体重を大幅に増量して113㎏で試合に挑みます。おそらくパンチの重みを上げてシュルトを一発でKOする作戦だったのかもしれません。

1R終盤シュルトからダウンを取ったセフォー。ガンガン中に入ってフックを繰り出すセフォーの作戦は上手くいきシュルトから優勢に試合を進め終盤にはブーメランフックでシュルトからK-1で初のダウンを取ります!

しかし2Rなんとシュルトの上から振り下ろすパンチが飛び込んだセフォーのアゴにまともに入りセフォーが一発でKOされてしまいます!タイミングもドンピシャでタフなセフォーの意識が飛ぶほどの凄まじいパンチでした。

実力的には全く差がない試合でありラッキーパンチに近い当たり方でもあったのであのままセフォーが勝ったらK-1はどーゆー方向に行ってたんだろう?と興味深いものがありましたね!

K-1王者セフォー!みたいな感じだと凄く画になる気がしますね(笑)

南海の黒ヒョウと呼ばれたセフォーですが黒ヒョウについて詳しく知りたい方はこちらも!

ヒョウは最強動物!生態や種類について。赤ちゃんは可愛い!


スランプ

このシュルトとの試合以降セフォーは身体を絞らなくなり自分の経営するレイセフォーアカデミーファイトの選手育成に力を入れ負けが続くようになり全盛期の強さは消えてしまいました。

セフォー自身このときが36歳と年齢的にもシュルトとの王者決定戦がラストチャンスだと思っていたのかも知れません。

ファイトマネー未払い問題

2011年K-1を運営していた会社のFEGが選手に対してのファイトマネーの未払い問題が報道されます。セフォーもこの未払いメンバーの一人でなんと7000万円の未払いがあると主張。

K-1を訴えたいけどFEGが破産すると弁護士費用しかこちらには残らない」と話し泣き寝入りするしかない状態。他にもアーツやバンナ、アリスターオーフレイムに関しては優勝賞金4000万円が全く受け取れていない状況だったようです。

このセフォーの発言に対し社長の谷川氏は「こいつには(セフォー)全部払ってるわ、ムカつく」などと記者会見で話し10年以上もK-1を盛り上げてくれたセフォーをこいつ呼ばわりするほど選手と運営では修復不可能なまでに関係性が失われていました。

どちらが正しいのかは分かりませんが2012年にFEGは破産手続きが決まってしまいました。

現役引退と現在

セフォーはK-1消滅後総合格闘技にも挑戦しましたが2013年に現役を引退しました。

そして総合格闘技団体WSOFの代表に就いたセフォーは6年間代表として運営を行ってきましたが2017年WSOFは身売りされ現在は自身のジムで選手の育成をしているようです!

セフォーは現在Twitterもしているので検索してみてはいかがでしょうか!

以上がレイセフォーの紹介になります!

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